かまいしの戦災


 東北で唯一の製鉄所をもつ軍需都市だった釡石は、終戦間際の昭和20年夏、本州で初めて連合国艦隊による艦砲射撃を2度にわたり受けました。

 戦時中の市民の暮らしを再現したコーナーもあります。

〜戦中のくらし〜

新聞紙を貼ったガラス戸、メノコ(コンブを細かくしたもの)、防空頭巾、モンペなどを展示しています。
 
〜発射された砲弾〜

16インチ、8インチ、5インチの砲弾の破片、武官府の扉(弾薬庫と使用されていた)などを展示しています。
〜廃墟となった市街地〜

2回の艦砲射撃を受け廃墟となった、市街地や破壊された釜石製鐵所の写真を展示しています。



〜艦砲射撃〜

 釜石は、東北唯一の製鉄所をもつ軍需工業都市であったため、昭和20年7月14日と8月9日の2度にわたり米英海軍の艦砲射撃を受けました。

 7月14日昼から始まった攻撃は約2時間、2,500発の砲弾が撃ち込まれ、2度目の8月9日は2,700発を越えるものでした。

 2度の攻撃で約3,000軒の家屋が全半焼、約1,100軒が全半壊、1,000人もの尊い人命が失われました。

艦砲射撃展示コーナー 艦砲射撃写真パネル
艦砲射撃については こちら もご覧ください。



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